弊社では、NVIDIA製の小型AIコンピュータ「DGX Spark」を導入しました。手のひらに載るサイズなのに、AIを動かす力はひと昔前のスーパーコンピュータ級。 この記事では、私たちがDGX Sparkを買った3つの理由と、実際に使ってわかった「得意なこと・苦手なこと」を、専門知識がない方にもわかるように書きます。 前提となる「クラウドAIとローカルAIって何が違うの?」というところから順を追って説明するので、AIに詳しくない方もそのまま読み進めてください。記事の最後には、おまけとして「データが社外に出ると、何がまずいのか」もまとめています。
DGX Sparkとは? — 会社に置ける「自分専用のAIマシン」
普段使っているChatGPTなどのAIは、インターネットの向こう側にある巨大なGPUサーバー(コンピューター)で動いています。 質問を送ると、回答が返ってくる。つまり、入力した内容は必ず社外のサーバーに送られています。
DGX Sparkは、その「AIを動かすGPUサーバー(コンピュータ)」を丸ごと自分の手元に置いてしまおう、という製品です。インターネットに送らなくても、机の上でAIが動きます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 大きさ | 約15cm四方(弁当箱くらい) |
| メモリ(AIの作業スペース) | 128GB — 一般的なパソコンの8倍以上 |
| 消費電力 | 240W(ドライヤーの弱運転程度) |
| 価格 | 約70万円〜90万円 |
注目してほしいのはメモリの大きさです。AIモデルは巨大なデータの塊で、動かすには広い「作業机」が必要です。高性能なゲーミングPCでも机の広さが足りず、大型のAIは載せられません。DGX Sparkはこの机が桁違いに広いので、高性能な大型AIを1台で動かせます。ここが普通のパソコンとの一番の違いです。
クラウドAIとローカルAI、何が違うのか
ここで一度、言葉を整理します。AIの使い方は、大きく2つに分かれます。
クラウドAIは、ChatGPTやClaudeのように、インターネット経由で使うAIです。手元のパソコンやスマホは「窓口」にすぎず、AI本体は事業者のサーバー(主に海外)で動いています。質問や資料を送ると、向こうで処理されて、答えだけが返ってくる仕組みです。 例えるなら、翻訳を外部の代行会社に郵送で頼むようなもの。とても便利ですが、原稿——つまりあなたのデータ——は必ず会社の外に出ます。
ローカルAIは、AI本体を自分のマシンに置いて、手元で動かす使い方です。処理がすべて社内で完結するので、データはどこにも送信されません。社内に翻訳者を雇うイメージです。DGX Sparkは、このローカルAIを動かすための専用マシンです。
| クラウドAI(ChatGPTなど) | ローカルAI(DGX Sparkなど) | |
|---|---|---|
| AIが動く場所 | 事業者のサーバー(主に海外) | 自社の手元のマシン |
| 入力したデータ | 社外に送信される | 社外に出ない |
| インターネット接続 | 必須 | 不要(オフラインでも動く) |
| AIの性能 | 最高クラス | 一歩譲るが実用レベル |
| 費用 | 月額課金・使った分だけ課金 | 機材の購入費のみ |
どちらが優れているという話ではありません。「そのデータを社外に出せるかどうか」で使い分けるのが現実的です。なお、「データが外に出ると、具体的に何がまずいのか」は、記事の最後におまけとして詳しくまとめました。
なぜ買ったのか — 3つの理由
理由1: 無料で公開されているAIを試す/カスタマイズするため
あまり知られていませんが、いま世界中の企業が高性能なLLM(chatGPTのようなAIモデル)を無料で公開しています。「オープンウェイトモデル」と呼ばれるもので、誰でもダウンロードして自分のコンピュータで動かせます。
ただ、実際に使えるかどうかはスペック表ではわかりません。よくあるのは「テストの点数は高いのに、日本語の業務文書を読ませるといまいち」というケースです。結局、手元で実際のデータを流して確かめるしかない。DGX Sparkがあれば、新しいAIが出るたびに、追加費用を気にせず何度でも試せます。
そして、試して終わりではありません。公開されているAIは、いわば「優秀だけど入社初日の新人」です。世の中の一般知識は豊富でも、自社の業務ルールや言い回しは知りません。そこで、既製のAIに自社のデータを追加で学習させて、「自社のことがわかるAI」に育てる技術があります。ファインチューニングと呼ばれる方法です。かつては大規模な設備が必要でしたが、いまはDGX Spark 1台で、数時間〜数日あれば実用レベルの追加学習ができます。「試す」から「育てる」まで、一連の実験を手元で回せるわけです。
また、AIのモデルは多くの方がテキスト生成を一番に思い浮かべますが、文字起こし、読み上げ、画像/動画生成など、多くのモデルがあります。それらを試すことも今後重要になってきます。
理由2: 「データを外に出せない」お客様と一緒にAIを試すため
これが一番大きな理由です。
医療、金融、官公庁、製造業などでは、患者情報・取引データ・設計図面といった機密データを社外に送ること自体が、規制や社内ルールで厳しく制限されています(なぜまずいのかは、記事末尾のおまけで詳しく説明しています)。AIが便利だとわかっていても、使えないのです。 DGX Sparkなら、AIをお客様の手元で動かすので、データは一切外に出ません。専門業者にAI環境の構築を頼むと数百万円かかるのが相場なので、「まず小さく試す」入口としては桁違いに始めやすくなりました。 実際、院内にAIを設置した病院が、退院時の書類作成にかかる時間を半分近く(52.8%)減らせたという報告もあります。「データを外に出さずに、まず試す」という進め方は、すでに現実的な選択肢になっています。
理由3: 「ある日突然、使えなくなる」に備えるため
もうひとつ、あまり語られない事情もあります。たとえば当社でも活用している「Claude Fable 5」のような最高性能クラスのAIは、米国企業が提供するサービスであり、米国の輸出規制や国際情勢の影響を受ける立場にあります。可能性は高くないとはいえ、規制の変更によって、ある日突然、日本からの利用に制限がかかることも絶対にないとは言い切れません。 また、現在のchatGPTやClaudeのサブスクは原価割れしているとのことで、今後値上げも容易に想像できます。高すぎて使えなくなるという状況もあり得ます。 業務の中核をAIに任せるほど、この「使えなくなったらどうするか」は無視できない問いになります。手元で動かせるAIという選択肢を常に持っておくことは、特定のサービスに依存しすぎないための、いわば保険です。
正直なところ — 苦手なこともあります
いいことばかり書いても仕方ないので、弱点にも触れます。
DGX Sparkは、文章を書き出すスピードがあまり速くありません。同価格帯の高性能ゲーミングPCと比べると、AIの応答速度は4分の1程度という実測報告があります。大型AIを「載せられる」ことと「速く動かせる」ことは別物なのです。
例えるなら、DGX Sparkは「大型の荷物も積める、燃費のいいバン」です。スポーツカーのような速さはありませんが、普通の車には積めない荷物を運べます。
| DGX Spark | 高性能ゲーミングPC | ChatGPTなどのクラウドAI | |
|---|---|---|---|
| 大型AIを動かせるか | ◎ 動かせる | × メモリ不足 | ◎ |
| 応答の速さ | △ ゆっくり | ◎ | ◎ |
| データが社外に出るか | 出ない | 出ない | 出る |
| 初期費用 | 約70万円~90万円 | 約60万円〜 | ほぼゼロ |
| 何度試しても | 追加費用なし | 追加費用なし | 使った分だけ課金 |
つまり、大勢のユーザーに即座に応答する本番サービスの土台には向きません。得意なのは、検証・学習・お試し導入といった「速さより、容量と機密性が大事」な場面です。ここを取り違えると「思ったより遅い」という感想になりがちです。
なお、価格は2026年2月に約18%値上げされました。円安次第で国内価格はさらに動く可能性があるので、導入を決めているなら早めに動くほうが無難です。
結局どうすればいいか
整理すると、こうなります。
- 扱うデータを社外に送っても問題ない → ChatGPTなどのクラウドAIで十分です
- データを外に出せない。でもAIは使いたい → DGX Sparkのような小型マシンで、まず小さく試す
- 試して効果が見えたら → 本格的な設備投資を検討する
いきなり数百万円の設備投資に踏み切るのではなく、70万円〜90万円クラスの機材で「自社のデータ・自社の業務で本当に効果が出るか」を確かめる。この順番が、いま一番失敗しにくい進め方だと考えています。
まずは無料ヒアリングでご相談ください
MIRAINOTEでは、導入したDGX Sparkを使って、公開AIモデルの比較検証や、データを社外に出さないお試し導入(POC)の支援を行っています。「うちのデータは外に出せないが、AIは使いたい」という方は、まず3日間の無料ヒアリングで課題をお聞かせください。進め方の設計から一緒に考えます。
おまけ — データが「外に出る」と、なぜまずいのか
本編で何度か「データが外に出るとまずい」と書きました。ピンとこない方も多いと思うので、おまけとして具体的に説明します。まずいことは、大きく3つあります。
1. 送ったデータを、自分でコントロールできなくなる
クラウドAIに入力した内容は、事業者のサーバーに送信され、多くの場合、一定期間保存されます。無料版のサービスでは、入力内容がAIの学習(性能改善)に使われることもあります。 つまり、顧客リストや契約書を貼り付けた瞬間、そのコピーは自分の管理が届かない場所に存在することになります。本当に削除されたのか、誰がアクセスできるのか、手元からは確認できません。一度外に出たデータは、回収できないのです。
2. 漏洩事故は、実際に起きている
2023年には、ChatGPTの不具合で他人のチャット履歴のタイトルが見えてしまう事故が実際に起きました。社員が機密のソースコードをChatGPTに入力してしまい、社外流出として問題になった大手メーカーの事例も報道されています。 事業者がどれだけ対策しても、バグ・サイバー攻撃・操作ミスをゼロにはできません。データを社外に送るということは、この事故リスクを自社も引き受ける、ということです。
3. 漏れなくても「ルール違反」になることがある
意外と見落とされがちなのが、これです。個人情報保護法では、個人データを外部——特に海外のサーバー——に渡すこと自体に制約があります。取引先との秘密保持契約(NDA)でも、「第三者に開示しない」と約束しているのが普通です。 つまり、実際には何も漏れていなくても、「社外のAIに送った」という事実だけで、契約違反や法令違反を問われる可能性があるのです。医療・金融・官公庁などで「ChatGPT自体が禁止」になっているのは、このためです。
公平のために書いておくと、法人向けの有料プランでは「入力内容を学習に使わない」契約が一般的で、クラウドAIの安全性も年々向上しています。それでも、「社外のサーバーを経由・保存されること自体がNG」という業界やデータは確実に存在します。そこで選択肢になるのが、この記事で紹介したローカルAIというわけです。